司会って難しい

     
  アマチュアの吹奏楽や合唱のコンサートに行くと、司会者がついていることが多くあります。
コンサートによっては司会者はいないものの、指揮者がMCをされていることもあります。

司会をするということがどれだけ難しい事か。
司会のコメントひとつでそのコンサートを簡単に素晴らしいものにも、普通のコンサートにも、駄作のコンサートにもしてしまいかねません。
筆者自身仕事上、人前で話す機会(例えば100〜200名規模のレセプションの進行役)が多かったものですから、多くの人の前でマイクを通してはっきりと滑舌よくしゃべり、尚且つ会の進行をスムーズに行うことがいかに難しいことなのかは体感しています。
最初の頃は終わった後に担当役員に呼び出されてダメ出しを受けたものでした。

アマチュアの演奏会なのですから当然司会者もアマチュア。
例えば私達の場合なら当日だけなら何とか予定が空いているという若手のOBに、こちらで司会原稿を作って当日お願いをするなんてことをしています。

そうなると予定外の事って言うのに対応するのが難しいのは仕方のないこと。
司会原稿を読み終わってもまだ舞台セッティングが完了していないなんてことになると、そこそこ経験を積んでいないと臨機応変に場つなぎするって言うことはできないもんです。
沈黙の時間が流れてしまうこともしばしば。
アマチュアの演奏会ですから聴きにに来ていただいている方もそこまで要求していないというか、大目に見ていただいている部分もあるでしょう。
とにかく明るく元気に進行してくれれば、って思っておられるのかもしれません。

筆者自身これまで多くのコンサートに行って、司会者についてはアマチュアのコンサートなんだからたとえしゃべりが噛もうが、沈黙が流れようがそんなに気にすることもありませんでした。
正直そんなもんだと思っていましたから。

でもある司会者の方を知ってから考え方が変わってしまいました。

とある合唱団の定期演奏会に登場された年配の男性司会者。
低めの落ち着いた声によどみのないしゃべり。
コメントの中に舞台裏のエピソードを含めたり、ウイットに富んだコメントをスッとはさんでくるあたりは正直プロだと思っていました。
結構その方の司会ぶりを見に行くのも正直楽しみにもしていました。

ところがどうもこの方アマチュアらしいとの話をきいてちょっとびっくり。
追い打ちをかけるように私の知り合いの方からは「いまこの人と同じ職場だよ。」との一言。
この知り合いの方は某府立高校の教諭。ということはこの人も教師。
教師ならしゃべるのも仕事のうち、うまくて当然か・・・と変に納得。

この方の司会ぶりを見ていると、司会と言うものはコンサートの主たる要因ではないけれど、コンサートをより良いものにしてくれる一つの重要なエッセンスなんだと考えを改めたわけなのです。

でも、この方の場合はどちらかと言うと特異なケース。
やはりアマチュアのコンサートではそこまで要求するのは無理がありそうです。
先ほど述べたようにまずは明るく元気にはっきりと、が良いのかもしれませんね。

後日談ですが、私のお気に入りの司会者の方、実は我が団団員の親戚筋というか従兄弟にあたる方だということが判明してしまいました。
トランペットの経験者で以前赴任されていた高校では吹奏楽部の顧問をされていたとのこと。

なんとも音楽の世界はこうも狭いものなんでしょうか。

 
     
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